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2008/02/11 日記<ドゥカティ>
ドゥカティ
ドゥカティ(''Ducati'') とは、イタリアのボローニャを拠点とするオートバイ製造販売会社(メーカー)である。以前はドカティとも表記された。1952年まで製造していたカメラのメーカーとしては一般的にデュカティと表記される。車検証にはドカテイと表記される。概要
創業からオートバイ製造まで
1926年にアントニオ・カヴァリエリ・ドゥカティの息子達である、ブルーノ・ドゥカティ、アドリアノ・ドゥカティ、マルチェロ・ドゥカティの三人兄弟が設立。当初はラジオや無線通信|無線の部品製造会社であったが、その後は家庭用ラジオや電気剃刀やといった様々な電気あるいは機械製品をも手がけるようになった。当時イタリアはベニート・ムッソリーニの政策により急速に工業化を進めており、ドゥカティも急成長して1939年には従業員7000人の大企業へと成長した。しかし第二次世界大戦により大きな被害を受け、産業復興公社(IRI)の支援を受けることとなる。
ちょうどその頃トリノにあったシアタ社は原動機付き自転車クッチョロ(Cucciolo、子犬の意)を発売してベストセラーとなっており、エンジンのOEM生産先を探していた。その事情を産業復興公社が知ってドゥカティを紹介し、1946年ドゥカティでエンジンを生産することになる。ドゥカティは1947年には販売権を獲得し、改良しつつ総計25万台以上を販売した。当時はピアジオのベスパとイノチェンティのランブレッタがライバルで、優秀さをアピールするためレースに出場するようになった。産業復興公社の元でドゥカティはカメラの製造も手掛けた。ソーニョとシンプレックスが知られ、どちらも一般的なカメラと逆で「カメラを構えて左手側」が巻き上げノブである。しかしカメラ事業はあまりうまく行かず、結果今日では珍品としてマニアに人気があり高価に取引されている。
ソーニョ(''Sogno''、1946年発売) - Sognoとはイタリア語で「夢」の意。ファインダーと別に連動距離計を装備し「イタリアンライカ」「ミニチュアライカ」と呼ばれる。製品番号はOR6401.1。レンズを沈胴させるとその大きさは幅100mm×高さ53mm程しかないがその大きさに比して非常に重い。シャッターはフォーカルプレーン、B、1/20−1/500秒。シャッターがセルフキャッピング機構を持たないので普段は観音開きの遮光ドアが閉じており、撮影の瞬間だけ「強制開閉」される。フォーマットは24×18mm、いわゆるハーフ判で現在最も一般的に販売されている135フィルムを使用するが、一般的なパトローネがフィルム室に入らず、フィルムだけを専用小型マガジンに詰め替えなければ撮影できない。1952年まで生産された。レンズは専用バヨネットマウントで交換でき大抵はVitor35mmF3.5(製品番号、以下同様OD6401.1)が装着されている。純正交換レンズはDugon19mmF6.3(OD6409.1)、Argon28mmF4(OD6406.2)、Vitor35mmF2.8(OD6404.1)、 Luxtor40mmF1.5(OD6405.1)、Eltor40mmF2(OD6404.1)、Lator60mm(OD6403.1)。Teletor120mmF5.6(OD6408.1またはOD6408.2)がある。システムカメラでありコピースタンド、引伸機、三脚等も存在するがさらに珍品である。
シンプレックス(''Simplex'') - デザインはソーニョと似ているが距離計を装備せずレンズ交換が出来ずピント微調整レバーがない普及版カメラ。レンズは沈胴Etar35mmF3.5を固定装着する。シャッタースピードはB、1/25-1/250秒。会社が発展したため、1953年に創立か