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2008/01/25 日記<モト・グッツィ>
モト・グッツィ
モト・グッツィ (Moto Guzzi) は、1921年に設立された、イタリア・ロンバルディア州、コモ湖畔の村マンデッロ・デル・ラーリオに所在するオートバイメーカー。ピアジオ社傘下。空冷エンジン|空冷縦置きエンジン|縦置き90°V型2気筒|Vツインエンジンとシャフトドライブの採用が同社のアイデンティティとなっており、同レイアウトでネイキッド、クルーザー、デュアルパーパス、スポーツツアラー、スーパースポーツまで、様々なタイプの車種をラインナップする。日本国内での正規ディーラーは福田モーター商会。日本では、暫しモトグッチ、あるいはモト・グッチなどと表記されることもあるため、同じくイタリアに本社のある大手ファッションブランド「グッチ」の関連企業と間違われることもあるが、資本関係を含め全く関連はない(ラテン文字|アルファベットの綴りも "GUCCI" と異なる)。日本の車検証においてはモトグッティと表記されている。歴史
現存するイタリア最古のメーカーで、他のイタリアメーカーが、レース活動やスポーツモデルの開発に重点をおくなかで、優美なデザインのツーリングモデルを主軸とした製品を作り続けてきており、エピソード豊富な独自の道を歩んできている。創業は1920年に遡る。第一次世界大戦|第1次世界大戦時に、イタリア空軍に徴兵された3人の
若者達の出会いが切っ掛けで、よって現在でも会社のエンブレムは、イタリア空軍の象徴である“AQUILA”(アクイラ=ワシ|鷲の意=ローマ帝国に遡る由緒あるエンブレム)を戴いている。
これは、3人の内の1人で戦前の著名なレーシングライダー“ジョヴァンニ・ラヴェッリ”が第1次大戦終了直後に航空機事故で亡くなってしまい、実際の会社設立には参画できなかった事を悼み、そして3人の友情が出発点である事の象徴として、戴いたエンブレムである。
残りの2人、エンジニアで車名の元となった「カルロ・グッツィ」が1920年に最初の試作車「G.P.」を製作し、それをもう一人の創業者で富豪の「ジョルジョ・パローディ」が、ジェノヴァの海運会社のオーナーである父親にアピールし、その出資を得て1921年3月に会社を設立したのである。創業直後よりレース活動に取り組み、1921年の創業直後のタルガ・フローリオで優勝した事を端緒として、
1957年までワールドチャンピオンシップの常勝チームとして名を馳せ、14回のワールドタイトル獲得と11回のマン島TT優勝を成し遂げている。
レース活動では2つのエピソードが有名である。
1つは、1934年のマン島TTレース|マン島TTで、当時絶頂期のイギリスメーカーに対し、イタリア人ライダー“オモボノ・テンニ”を擁して対抗し、見事優勝した事である。初のイギリス製以外のマシンによるマン島TT勝利という栄冠を、初のイギリス人以外のライダーが達成するという歴史に残る快挙を成し遂げ事により、第2次大戦前夜で地中海の覇権を賭けて“大英帝国”と対立していたイタリアにとっては、またとない朗報をもたらした事になった様で、モト・グッツィがイタリアの顔とも言えるメーカーとなった切っ掛けでもある。
もう1つは、創業者「カルロ・グッツィ」の愛弟子であった「ジュリオ・チェーザレ・カルカーノ」技師により
DOHC V8 500CCの究極のGPレーサー「オットー・チリンドリ」が産み出された事である。
ホッケンハイム